日 向 夏 (歴史  少核系日向夏  種無し日向夏)
歴 史
日向夏は、江戸時代に宮崎県で発見され、その原木の苗木は、天然記念物に指定されました。
文政年間 宮崎市の真方安太郎氏の宅地内で偶発実生として発見。
偶発・・・人工でなく自然造化による。
実生・・・種子が発芽してその幼植物が生長する。
高妻仙平氏が苗木を得て、2本を自宅に植栽。
昭和10年12月14日 高妻氏自宅の日向夏が第二世原木として天然記念物に指定。
昭和29年頃 1本目の第二世原木が枯死。
昭和34年秋  2本目の第二世原木は、老衰で枯死。
現在、苗木は宮崎大学農学部博物館に収蔵保管。
昭和35年05月 枯死に伴い天然記念物の指定を解除。
昭和36年02月 宮崎県は記念碑を建立。
碑文
表文字
日向夏みかん原樹自生の跡
宮崎県知事 黒木 博
裏文字
本県原産の「日向夏みかんは文政年間(1818-1829)
ここ宮崎市恒久564番地 高妻仙兵衛氏宅地内で実生として偶然発見され、
昭和10年第二世原樹が天然記念物として指定された。
その後、昭和24年デラ台風で倒伏し、樹勢回復に努力したが、
その甲斐もなく昭和34年秋、ついに枯死するに至った
ここに日向夏みかん原生の由来を禄して後世に残す。
昭和36年2月 宮崎県
少核系日向夏
昭和52年、宮崎県は神奈川県に「四倍体夏柑」が1本存在する情報を得て、
穂木数本を入手しました。
接木し、開花試験や受粉試験などを経た後、清武町で実用化試験を実施しました。
その後、日南市宮浦ポンカン生産者組合の日向夏団地にこの技術が導入実用化され、
「少核系日向夏」のブランド名で売り出され、各地に波及しました。
種無し日向夏
昭和47年、ジベレリン処理によって日向夏が種無し果実に形成されることを宮崎農学部の
山本氏、山下氏が「農業及び園芸」に初めて発表しました。
昭和58年、新富町の農家でジベレリンを利用した種無し日向夏の栽培が始まりました。
その後、清武町その他に波及しました。
参考文献
長友 大  山本末之  高妻達郎 著 「日向夏ものがたり」