ひゅうが農園
戻 る
2003年 2月14日(金) 個人的な考え と 花言葉
■子供の様な大人
今日、小学校の制服を貰いました。子供は大喜びです。楽しい学校生活を送れることを願うだけです。
いま、学校に力を入れて欲しいのは、勉強より集団(社会)的道徳の様な気がします。特に「相手の痛み」を教えて欲しいです。
社会のルールを守らない「子供の様な大人」になって欲しくないのです。

■個人的な考え「相手の痛み」
キーワードは「迷惑」と考えます。小さい子供は「何が良くて、何が悪い」か判断がつきません。
電車の中で「大きい声で話たり、走り回ったり」することが「悪い」とは思わないのです。
「大きい声で話したり、走り回ったり」することを「楽しい」と感じるのです。
子供にとって「楽しい」=「良いこと」なのかもしれません。
例えば、以前に「遊園地に行って楽しかったね。良かったね。」と親が話していれば、
子供は知らないうちに「楽しい」=「良かった」と思うかもしれません。
もし「良かった」=「正しい」に繋がれば、「大きい声で話たり、走り回ったり」=「正しい」と感じるかもしれません。
その「楽しいこと」=「正しい」を「注意」されても「理解」出来ないと思います。「意味」が分からないでしょう。
親は「自分だけ楽しい」=「正しくない」、「皆が楽しい」=「正しい」と教える必要があります。
周りに「迷惑」を掛けなければ「自分だけ楽しくても良い」という理屈は、今の世の中を見るとグレーゾーンです。
「自分の楽しみ」を守る為にそのうち「他人は関係無い」から「他人が困っても関係無い」にならないか心配です。
子供に「皆が楽しい」=「皆が幸せ」=「皆が平和」の大切さを考えさせることが出来たら最高ですね。
子供が「自分だけ楽しければ良い」という「間違い」を理解出来れば「迷惑」に気づきます。
「自分だけ楽しければ良い」=「自分だけ良ければ」は「間違い」で、周りは「迷惑」ということです。
周りの「迷惑」に気づかない「大人」を「子供の様な大人」と僕は考えます。

■心配
「相手の痛み」や「迷惑」で気になるのが「いじめ」です。子供達が仲良く、いじめの無い学校生活を送って欲しいです。
25年前高校を卒業したとき、友人からの手紙に詩が書いてありました。記憶が間違っていなければ次の様な詩です。

■花言葉

花は
どれも同じなのに
悲しい花言葉を
つけられてしまった
花は
人のしぐさをまねて
うつむきかげんに
咲いています