2003年 1月31日(金) 日向農園の入社前(1) |
■ひゅうが農園の入社前
26歳のとき、転勤を拒否して食料品の会社(東証2部)を退社しました。
営業はそれなりに成績を上げていたので、地元で営業の仕事を探しました。
職安(ハローワーク)で、営業マン募集の中からソフトハウス(パソコンのプログラム開発)の求人を見つけました。
パソコンは趣味で使っていたしミニコンは高校のとき触っていたので、興味もあり入社しました。
営業で違ったことは、以前はルートセールスで、今回はダイレクトセールスということです。
入社して2週間目に、どうにか1台目の販売管理システムを受注しました。
翌1月はどうにか月末に受注出来ましたが、これではいけないと考えました。
月始めに受注(売上)すれば、余裕を持った営業が出来ると考えました。
そこで、2月は3日、3月は2日、4月1日と売り上げました。
毎月、1日づつ早く売り上げていることに気づいた社長は、
「それなら、もう一台売れるだろう」と言われました。
5月は、要望通り2台売り、その後も個人・法人・組合問わず販売しました。
その話を聞いた仕入先(メーカー系列の代理店)が、入社式に営業の経験談を話して欲しいと頼まれました。
軽い気持ちで引き受け、体験談と仕事に対する考えを話しました。
そのとき仕入先の進めで翌年に独立しました。27歳のときです。
独立には、3つの問題がありました。
1つ目は、道義的に「前の会社と同じメーカーのパソコン」は扱えない。
2つ目は、営業は出来るが「開発をするプログラマー」が居ない。
3つ目は、デモや開発をする「パソコン」が無い。
1つ目は、他のメーカーのパソコンを取り扱うことが出来ました。
2つ目は、同じ頃「開発は出来るが営業が出来ない」プログラマーと知り会えました。
そこで「自分が仕事を取って来るので開発はお願いします」と提携しました。
3つ目は、前の会社のとき販売したお客様からパソコンを3ケ月間借りることで解決しました。
それは3ケ月以内にパソコンを購入出来る様な結果(売上)出さなければ、将来は無いということです。
営業も開発も順調に進み、会社(法人)にしようと考えました。
独立後4ケ月目に、開発スタッフとソフトハウスを法人化(会社設立)しました。
初年度は1700万円、2年目は3400万円、3年目は6800万、4年目は8700万
5年目にようやく1億を超えました。営業マンは自分ひとりだったので、開発の皆にも手伝って貰いました。
大晦日も正月も働き、丸5年が過ぎたとき、とてもほっとしたことを今でも覚えています。
それは当時「ソフトハウスは5年間続けば1人前」と言われた時期がありました。
理由は、受注したときの契約にあります。
パソコンの販売はコピー機と同じで、5年から6年のリース契約がほとんどです。
契約更新の営業はリースの切れる1年前から行います。
5年経てば買い替え時期ということになります。
パソコンがリース期間中に問題無く動いていれば、再契約を頂けます。
既存のユーザーの再契約は、次の点からも魅力的です。
1.相手を知っているから話(営業)が容易に出来る。
2.すでにシステムを開発しているので他社との価格競争に有利。
6年目に入り仕事も落ち着き結婚の話が持ち上がりました。
翌年、ソフトハウスから退き日向農園に入社しました。 |
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